アッシジ Assisi

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街の説明

 ローマからフォリーニョ(Foligno)経由、フィレンツエ行きの直通の国鉄を利用した場合には約3時間で着きます。

緩やかな波打つオリーブ畑が続く、トスカーナ地方独特の風景の丘の上に街は在ります。駅前から、城壁に囲まれた街の左端に、白く大きな聖フランチェスコ聖堂が見えています。

駅前からバスに乗り、4キロメーター程先の、街に入る手前に在るジョヴァンニ・パオロ2世広場で降り、サンピエトロ門をくぐって街に向かって坂道を登って行くか、若しくはバスの終点のマッテオッティ(Matteotti)広場まで行き、坂道を下りてくることになります。

ローマやフィレンツエからはバスの便も有ります。日帰り観光のバスも運行されています。

スパジオ山の麓の丘に在るアッシジはアシシウム(Asisium)と呼ばれていたエトルリア時代から続くとされていますが、古代ローマ時代から帝政時代の遺跡として、街の中央の山側のやや広い石畳の前庭に在るミネルウァ神殿や、円形劇場、貯水槽などが残っています。その後、ゴート族、ビザンティン帝国、スポレート公国などの支配を経て、12世紀頃には自由都市になったこともありましたが、ヴィスコンティ家、スフォルツア家、の支配下に入り、イタリア独立までは長く法王領となっていました。このように変化に富んだ長い歴史と文化を持った、史跡の街でもあります。山の上には城(Rocca Maggiore)も在ります。

聖フランチェスコは1182年、この地で裕福な商人の息子として生まれ、1223年には聖フランチェスコ修道会が成立しています。

アッシジは聖フランチェスコの街として、全世界から信者、修学旅行の学生や観光客を引き寄せる信仰の街です。街中には大勢の訪問客目当てのお土産物屋さんも多くありますし、飲食店や宿もそろっています。団体客も多く、色々な国の言葉が飛び交い、喧騒に溢れています。しかしながら信仰の街らしく、落ち着いた、秩序ある、心休まる、安心して散策できる街です。是非とも数日滞在して聖フランチェスコの精神に触れることをお勧めします。

 

 丘の上に在の街ですので、どこに行くのにも坂道となる場合が多くあります。坂は急ではありませんが、地図の上と実際に歩いた時とでは差が有るので注意が必要です。

 アッシジ Assisi

 

 1. Duomo ドゥオーモ (S.M.Assunnta e S. Gottardo) 

 2. San Francesco

 3. San Francesco Piccolino

 4. Oratorio dei Pellegrini

 5. San Pietro

 6. Santa Chiara

 7. Santa Maria degli Agneli

 8. Santa Maria Maggiore

 9. Santa Maria Minerva

 10. Nuova

 11. Sant'Antonio

 12. Sant'Apollinare

 

 

Duomo  (Cattedrale di San Rufino)    ドゥオーモ (サン・ルフィーノ大聖堂)

 街の東端の丘の上に在るマッテオッティ広場から西に向かってすぐ近くに在ります。

9世紀に建設されていた聖堂を1114年からジョヴァンニ・ダグッビオ司教により再建が始まり、1228年に奉献されています。3世紀初期の殉教聖人、ルフィーノ司教の聖遺骸を祀るために建設された聖堂で、聖フランチェスコ聖堂、聖キアラ聖堂より古い聖堂です。左手に見える、いかつい鐘楼は11世紀の建設で、ローマ帝政時代の貯水槽の上に建てられています。

聖堂正面のコーニス状の仕切りにはロンバルド風の小アーケードがリズミカルに並び、下層部、上層部、その上の大きな破風を水平に三分割した構造を見せています。下のアーチの基部には人物、動物の顔の彫刻が並んでいます。中央の大きな薔薇窓の周囲には4大福音書記者の表象の彫刻が配置され、下には窓を支える表現をした三人の人物が見えます。ロマネスク様式に良く見られる飾りが施された聖堂です。

入口は三箇所在り、側柱面は草木や怪獣や幾何学模様の浮彫で飾られ、中央入口の両脇にはライオンの石像が在ります。上のティンパヌムには中央に太陽と月を背景にした玉座のキリストが、その右手に聖ルフィーノ、左側に聖母子が見えます。右の入口の上のティンパヌムには壺を中心に向かい合う2羽の鳥が、左の入口の上のティンパヌムでは鳥がライオンになっています。

 

 聖堂内は16世紀に改造されていますが、聖フランシスコや聖キアラが受洗した洗礼盤が在り、15世紀のテラコッタ製のピエタ像が在ります。中央祭壇の聖歌隊席は木製です。床下に在るローマ帝政時代の遺構が見える箇所が在ります。

San Francesco   聖フランチェスコ聖堂

 アッシジの街を代表する聖堂です。

 街の西端に位置し、聖堂には聖フランチェスコ通り、ジョルジェッティ通り、フラーテ・エリア通りから向かうことができます。聖フランチェスコ通りを下って聖堂正面に向かうと、聖堂前の広場(Sagrato Superiore di San Francesco)には綺麗に刈り揃えられた芝生と馬に乗った聖フランチェスコの像が迎えてくれます。多くの観光客を意識して、整理された造りになっています。一番南側のフラーテ・エリア通り(via Frate Elia)から坂道を登り、門を抜けると聖堂前の下の広場(Piazza Inferiore di San Francesco)に出ます。15世紀に建設された両脇に柱廊が並ぶ楚々とした石畳の広場から、左手に聳える鐘楼を含めて、聖堂全体が見渡せますが、聖堂の入口には階段を登って行くことになります。

 聖堂は二重構造になっており、下部聖堂は聖フランチェスコが死去した年の、1226年に建設が始められ、30年に完成し、上部聖堂は1230年から1253年に掛けて建設されました。

聖堂正面は中央に大きな薔薇窓が在り、周囲には4大福音書記者の表象が配置され、中央に一箇所在る入口は中柱で二分されていますが、その中央に聖フランシスコの小さなモザイク画が見えます。基本的にロマネスク様式の単純な幾何学形態で建設されていますが、フランスーゴティック様式の要素も入っています。

 上部聖堂内は単廊式で、アプシスには当時まだ珍しかったステンドグラスが在り、両脇の高い窓からも明るい日差しが差し込んで来ますので、聖堂内は想像以上に明るく見えます。中央祭壇奥にはチマブーエ(Cimabue)作の「キリストの磔刑」、「聖母被昇天」、「聖母戴冠」などが描かれていますが、色彩がとんでいて良く見えません。

聖堂の側壁はジョットが描いた「聖フランチェスコの生涯」のフレスコ画で飾られています。入口入ってすぐ左側に有名な「小鳥に説教するフランチェスコ」が在ります。その2個先には「ホノリウス3世の前で説教する聖フランチェスコ」、次いで、「アルルの礼拝堂に出現した聖フランチェスコ」、「聖痕を受ける聖フランチェスコ」、「聖フランチェスコの死」と続きます。右手奥から6番目には「インノチェント3世法王の夢」が、11番目には「サルタンの前の火の試練」など有名なフレスコ画が28面続きます。全てのフレスコ画を解説した美術書などが出ていますので、ここでは詳細は省略いたします。以下同様に、絵画の配置と解説に関しては美術書をご参照ください。

シスト4世法王の回廊が上部聖堂と下部聖堂を繋いでいます。

 下部聖堂のジョットの作品としては、天井の四面に「聖フランチェスコ」、「貧困の寓意」、「貞節の寓意」、「恭順の寓意」が、側面には「ご訪問」、「降誕」、「マギの礼拝」、「キリストの磔刑」などが描かれています。また、南翼には、ピエトロ・ロレンゼッティ(Pietro Lorenzetti= 注:シエナの街の項をご参照ください。)作、キリストの受難の作品として、「キリストのエルサレム入場」、「洗足」、「最後の晩餐」、「キリストの捕縛」、「ピラトの前での鞭打ち」、「カルヴァリオの丘へ」、「キリストの磔刑」、その他「聖母子の脇の聖フランシスコと聖ヨハネ」、「聖痕を受ける聖フランシスコ」など色彩鮮やかな作品を見ることが出来ます。

 その他にも、聖ニコラスの礼拝堂にはパルネリーノ・ディグイド(Palmerino di Guido)作「無実の罪で惨殺される3人を救う聖ニコラス」、「貧しい娘に金を与える聖ニコラス」が、マグダラのマリアの礼拝堂にはジョットの作品として、「マグダレのマリアのマルセイユへの航海」、「ラザロの復活」、「ノリメタンゲレ」などが、聖マルティネスの礼拝堂におけるシモーネ・マルティニ(Simone Martini)の作品は、「聖ルイ王と聖トゥールーズ」、「聖フランチェスコとパドヴァの聖アントニウス」、「聖マルティネスと貧者」、「聖マルティネスの受爵」、「聖マルティネスの武装返還」、「聖マルティネスの死」など多くの秀作を見ることができます。

 

 なお、地下聖堂には聖フランチェスコの聖遺骨が祀られ、聖遺物が安置されています。

San Francesco Piccolino  聖フランチェスコ・ピッコリーノ聖堂  

 街の中心地に在る、コミューン広場からマッツィーニ(Mazzini)通りを東に向かうと右手に在ります。

 

聖フランチェスコの生誕地とされる場所です。聖フランチェスコは両親宅ではなく、キリストと同じように厩で生まれたことになっています。なお両親宅が現在のヌオヴァ聖堂で、ここからすぐ近くに在ります。

Oratorio dei Pellegrini   巡礼者の礼拝堂

 聖フランチェスコ通りを聖フランシスコ聖堂から東に向かい、美術館の前の右手に在る小さな礼拝堂です。街並みに溶け込んでいますので、見過ごしてしまいます。

 

 巡礼者を受け入れる施設でしたが、現在ではその機能は果たしていません。正面入り口の上には、フレスコ画が在りますが、既にほとんどが剥落しており、天使が見える程度です。

San Pietro   聖ピエトロ聖堂

 聖ピエトロ門から市街に入ると、ピエトロ広場に出ますが、その前に在ります。10世紀に建設された古い聖堂です。

 聖堂正面は正方形に見える、変わった構造をしています。正面を横に小さなアーチ形の波で二分し、縦を細い片蓋柱で三分して、中央には一箇所の入口とその上に大きな薔薇窓が在ります。左右の上部には其々小型の薔薇窓が在ります。右手奥にはロマネスク様式の鐘楼が見えています。

 聖堂内は、三廊式ですが、身廊にも側廊にも一切飾りは無く、アプシスも粗石のままです。中央祭壇上には天井から下がる立体的なキリストの磔刑像が在るだけです。

 

 夜は照明で照らし出されており、大きな聖堂ですが、見るべきものはありません。

Santa Chiara   聖キアラ聖堂

 聖フランチェスコ聖堂とは街の反対側の東端のヌオヴァ門(Porta Nuova)に近いところに在ります。1193年生まれの、聖フランチェスコの第一番の女性信徒である聖キアラの聖堂で、アッシジでは2番目に大きな聖堂です。

聖キアラは死後2年目の1255年に列聖されています。

1257年からカンペッロ(Filipo da Campello)の設計で今までの聖ジョルジョ聖堂の改築が始まり、1260年に完成したゴティック様式の聖堂です。1265年にクレメント4世法王により、奉献されています。

聖堂正面の大きな薔薇窓が眼を引きます。破風に一箇の丸窓が在り、中央に一箇所の入口が在るだけの非常にシンプルな造りで、白とピンクの横縞模様は柔らかな印象を与える聖堂です。1997年の大地震で大きく損壊しましたが、再建された結果、左側面の通りに面して不釣り合いなほど大きな三面の支え壁が追加されています。損壊の大きさを推測させます。

右手の鐘楼もゴティック様式です。聖堂の裏手にはなだらかな丘陵にオリーブ畑が広がり、トスカーナ地方特有の風景を演出しています。ヌオヴァ門迄下って聖堂を見上げると、正面から見たのとはまた違った、穏やかな感じがします。

 

 聖堂はラテン十字形で、内装も清楚です。右翼廊には聖キアラの生涯を示すフレスコ画が在り、身廊の右手には12世紀の木製のキリストの磔刑像が在ります。聖フランチェスコと聖キアラの聖遺物の他、地下聖堂には聖キアラの聖遺骨が安置されています。

Santa Maria degli Angeli  サンタマリア・デリアンジェリ聖堂

 国鉄の駅の裏手に当り、アッシジの街とは反対側に在る大きな聖堂です。駅から線路を渡ると直ぐそこに見えますが、幅65メーター、奥行き116メーターも有る大きな聖堂で、正面に行くまでは結構有ります。

駅から聖堂に向かって進むと、建物の側面に幾筋もの噴水が水道の蛇口のように並んでいます。口と手を濯いでから聖堂に向かいましょう。

 1569年に建設が開始され1648年まで掛って完成しています。聖堂の正面には背の高い入口が三箇所在り、中央入口は半ばに在るバルコニーの上にも同じ高さの窓が在り、その上のティンパヌムまで合わせると見上げる程の高い入口となります。屋根の頂点には金色の聖母像が立ち、両脇に天使が立っています。中央に在るドームはペルージャの建築家のアレッシオ(Alessio)の設計です。

 聖堂内のドームの下には、一回り小さな聖堂が置かれています。これはポルツィウンコラ(Porziuncola)と呼ばれるところで、フランチェスコ派の修道院の最初の核となる場所であり、聖キアラが1211年に始めて聖フランチェスコから修道士の衣(Cowl)を授けられた場所です。1226103日に聖フランチェスコが逝去した礼拝堂(Cappella del Transito)でもあるのです。入口上には「聖母戴冠」が、内部にはスパーニャ(Lo Spagna)作のフレスコ画で飾り立てられています。

 

 なお、隣接する博物館には聖遺物容器、修道士の衣、タウ型の十字架、聖フランチェスコの腰紐、の他、ジュンタ・ピサーノ(Giunta Pisan)作の十字架などが展示されています。聖フランチェスコ関連の書籍も販売されています。

Santa Maria Maggiore  サンタマリア・マッジョーレ聖堂

聖ピエトロ門から市街に入り、右手のピエトロ通りを進むと、アポリネール通りと名前が変わり、そのまま進むと右手に聖アポリネール聖堂が在り、その前を左折して坂道を登ると正面に在ります。

アッシジの最初の司教座聖堂でした。

 聖堂正面は入口が一つでその上に丸窓が一つ在るだけのシンプルな聖堂です。左手奥に鐘楼が見えています。聖堂内は単廊式で、側壁の一部にフレスコ画が残っていますが、その他には飾りはありません。

 

アプシスにはキリストの磔刑像が置かれているだけです。なお、地下聖堂にも入れますが、何も置かれている物は有りません。

Santa Maria Minerva  サンタマリア・ミネルヴァ聖堂

 

街の中心地に在る、コミューン広場にある、ローマ神殿のなかのミネルバ神を祀った神殿で、紀元1世紀頃の神殿です。六本並ぶ円柱はコリント式で、アーカンサスの柱頭飾りが見えます。14世紀に広場の対面に建設されたプリオリ(Priori)宮に移るまで市庁舎として使われていました。その後1539年にパウロ3世法王により、キリスト教の聖堂となっています。聖堂内は1634年にバロック様式で改装されました。美術館を兼ねた建物です。

Nuova   ヌオヴァ聖堂

 街の中心地に在る、コミューン広場から東に向かい、一本目を右折すると左手奥に見えてきます。

 聖フランチェスコの両親の自宅跡に建設された聖堂です。なお、聖フランチェスコはこの両親宅ではなく、直ぐ近くの厩で生まれたことになっており、その場所が聖フランチェスコ・ピッコリーノ聖堂です。

 

 1615年にバロック様式で建設されており、中央にはドームが載っています。入口の上には聖フランチェスコの両親の家であった旨、記載されています。

Sant’ Antonio   聖アントニオ聖堂   

 街の中心地に在る、コミューン広場の噴水から右手に入り、ヌオヴァ聖堂が見えたら、その右手奥の直ぐ近くにある小さな聖堂です。

 

聖堂前の広場からの道に、聖人の名前を残しています。

Sant'Apolinare  聖アポリナーレ聖堂

 聖ピエトロ門から市街に入り、右手のピエトロ通りを進むと、アポリナーレ通りと名前が変わり、そのまま進むと右手に見えてきます。大きな聖堂ですので迷うことはありません。

 ロマネスク様式の聖堂です。