パドヴァ_2 Padova_2

12. San Rocco 聖ロッコ聖堂

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左:聖ロッコ聖堂 (Scuola di San Rocco)、右:聖ルチア聖堂 (Santa Lucia)
左:聖ロッコ聖堂 (Scuola di San Rocco)、右:聖ルチア聖堂 (Santa Lucia)

 ラジョーネ宮の北にある果物広場(Piazza della Frutta)から狭いダバノ通り(Via Pietro D'Abano)を行き、建屋の下を通り抜けて、サンタルチア通り(Via Santa Lucia)に出た所が聖堂の正面です。

左奥が聖ロッコ聖堂 (Scuola di San Rocco)
左奥が聖ロッコ聖堂 (Scuola di San Rocco)

 

 聖ルチア聖堂(Santa Lucia)の隣に直角に接していますので、聖ロッコ聖堂の扉口は南向きになっています。小さな聖堂で、通りからは二つの聖堂の正面が見られます。

 

 15世紀初めに建設された修道院でしたが、ナポレオンの占領下で廃院にされています。

 

祭壇画 (Madonna e Santi) (Wikimedia Commonsより)
祭壇画 (Madonna e Santi) (Wikimedia Commonsより)

 

 主祭壇にはアレッサンドロ・マガーニャ(Alessandro Magagna)の祭壇画(Madonna e Santi)があります。

 

 側壁にはマガンザ(Alessandro Maganza)作の聖ロッコ伝やカンパニョーラ(Domenico Campagnola)作の聖ロッコと聖ルチアのフレスコ画があります。

 

 

 

 パドヴァ市の管理下で博物館となっており、現在聖堂としての役割を果たしていません。

13. Santa Caterina 聖カテリーナ聖堂

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 ラジョーネ宮の前のエルベ広場 (Piazza Erbe) から東に進み、左にパドヴァ大学を過ぎてロマーニ通り (Rivierea dei Ponti Romani) を越え、アンテノーレ広場(Piazza Antenore)に沿ってサンフランチェスコ通り(Via San Francesco)を進み、聖フランチェスコ聖堂 (San Francesco Grande) を過ぎて初めのサンタカテリーナ通り(Via Santa Caterina)に左折して進み、チェザーレ・バッティスティ通り(Via Cesare Battisti) に突き当たった先に聖堂があります (リンクをクリックすると新しいタブで開きます)

 

 

 通りに面して鉄柵があり、その奥に聖堂の正面があります。扉口が一つで片蓋柱が切妻屋根を支える非常に小さな聖堂です。

 

 聖堂内は単廊式で、中央には色大理石の円柱の上に聖カテリーナと天使の彫像が載るバロック様式の祭壇があります。

 

 

 左右側壁には聖カテリーナの祭壇や聖セバスティアンの祭壇など各二か所の祭壇があります。また、「エマオの食事」と「受胎告知」の絵が掲げられています。


 

 18世紀のバイオリニストでバロック音楽の作曲家のジョゼッペ・タルティーニ(Giuseppe Tartini:1692-1770)の墓があります。


14. Santa Giustina 聖ジュスティーナ聖堂

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 街の南端と言っても良い場所にあります。駅前からの路面電車を利用した場合には街を代表する楕円形の公園のヴァッレ(Plato della Valle)前のプラート(Plato)停留所で下車して、公園の東側に沿って進むと左先方に大きな聖堂が見えてきます。

 

 聖アントニオ聖堂 (Sant'Antonio)からはスクオラ・デル・サント脇から、欧州最古の植物園(Orto Botanico)に向かって南下すると近道です。

 

 

 

 5世紀にパドヴァの聖ジュスティーナを奉献して建設されています。聖ジュスティーナはパドヴァの守護聖人の一人です。

 

 6世紀には既に多くの聖遺物を収容する聖堂として名を馳せ、巡礼者が訪れていました。10世紀になってベネディクト派の修道院として整備されています。12世紀には神聖ローマ帝国皇帝により簒奪され、更に地震により崩壊するなどを経て12世紀末に再建された際に、聖ルカの聖遺物が旧聖堂の埋設物から発掘されています。

 

 18世紀にナポレオンのイタリア侵攻の際に聖堂は軍の施設として利用され、多くの宝物や聖遺物容器がフランスに持ち去られています。

 

 大きな聖堂で、時代と共に改築、改造を重ねてきているので、複雑な構造になっています。

 

 

 聖堂内は三廊式で、中央主祭壇にはヴェロネーゼ(Paolo Veronese)の「聖ジュスティーナの殉教」1576年が掲げられています。

 

聖秘跡礼拝堂 (La Cappella del Santissimo Sacramento)
聖秘跡礼拝堂 (La Cappella del Santissimo Sacramento)

 

 内陣には聖秘跡礼拝堂 (La Cappella del Santissimo Sacramento)があります。

 

聖グレゴリウス大教皇礼拝堂
聖グレゴリウス大教皇礼拝堂

 

 左側廊には聖グレゴリウス大教皇礼拝堂や聖フェリチタ礼拝堂 (Cappella di Santa Felicita)など7か所の礼拝堂が並んでいます。

Cappella di san Luca Evangelista
Cappella di san Luca Evangelista

 

 左袖廊には聖ルカの聖遺骨を祀る礼拝堂 (Cappella di san Luca Evangelista)があります。

 

Cappella di San Massimo
Cappella di San Massimo

 

 右袖廊にはパドヴァ2代目の司教の聖マクスィマス(英語:Maximus、伊語:Massimo) 礼拝堂 (Cappella di San Massimo) があります。

 

聖プロスドシモ聖堂 (Sacello di San Prosdocimo)
聖プロスドシモ聖堂 (Sacello di San Prosdocimo)

 

 通路の先には市内で最も古い祠と見なされている、パドヴァ初代の司教の聖プロスドチモ(San Prosdocimo)の聖プロスドシモ聖堂 (Sacello di San Prosdocimo)があります。

 

 聖プロスドシモ聖堂は、ギリシャ十字形の祠ですがドーム型天井には6世紀に描かれたフレスコ画が彩色鮮やかに残っています。

  

旧聖堂の中央にあった殉教者の井戸 (Il Pozzo dei Martiri)
旧聖堂の中央にあった殉教者の井戸 (Il Pozzo dei Martiri)
Pietro Damini作の祭壇画
Pietro Damini作の祭壇画

ピエタ礼拝堂 (Cappella della Pieta)
ピエタ礼拝堂 (Cappella della Pieta)
右袖廊の聖マッティア礼拝堂 (Cappella di San Mattia Apostolo)
右袖廊の聖マッティア礼拝堂 (Cappella di San Mattia Apostolo)

聖ルカの古いチェスト (La vecchia cassa di San Luca)
聖ルカの古いチェスト (La vecchia cassa di San Luca)

 

 右側廊には聖ベネディクト礼拝堂、聖パウロ礼拝堂などが並んでいて非常に大きな聖堂です。

 

15. Santa Lucia 聖ルチア聖堂

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聖ルチア聖堂の後陣
聖ルチア聖堂の後陣

 ラジョーネ宮の北にある果物広場(Piazza della Frutta)からステファノ・ブレーダ通り(Via Stefano Breda)を北上して、サンタルチア通り(Via Santa Lucia)との交差点の左側に聖堂の後陣が見えています。

左奥は聖ロッコ聖堂 (Scuola di San Rocco)
左奥は聖ロッコ聖堂 (Scuola di San Rocco)

 

 または狭いピエトロ・ダバノ通り(Via Pietro D'Abano)を北上し、建屋の下を通り抜けて、サンタルチア通りに出ると聖堂の正面に出ます。

 

 聖堂正面の左隣には聖ロッコ聖堂 (San Rocco) があります。

 

 10世紀に建設された古い聖堂ですが、12世紀以降数度に渡り改築され、18世紀初旬には新古典主義様式で改築されています。

 

 正面中央の扉口の両脇はコリント式円柱が三角形の破風を支え、両脇の小さな扉口の上には聖ピエトロと聖ペテロの立像が壁龕に収まっています。

 

聖堂内部 (Wikimedia Commonsより)
聖堂内部 (Wikimedia Commonsより)

 

 聖堂内は単廊式で周囲には四大福音書記者、四大教父、パドヴァの守護聖人などの彫像が並んでいます。

 

 

 チェルッチ(Giacomo Ceruti) 作の「聖母と聖ロッコと聖ルチア」、カンパニョーラ(Domenico Campagnola) 作の「神殿奉献」、ティエポロ(Giambattista Tiepolo)作の「聖ルカ」、パドヴァニーノ(Padovanino)作「トマソの不信」などの作品が掲げられた礼拝堂があります。

 

 

 しかし、2012年5月のイタリア北部地震で外壁に亀裂が入る被害を受け、修復のために聖堂内に建築資材が運び込まれており、2017年現在内部には入れません。

16. Santa Margherita di Antiochia サンタ・マルゲリータ聖堂

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 聖フランチェスコ通り (Via San Francesco)を挟んで、聖フランチェスコ聖堂(San Francesco Grande)

の反対側にあります (リンクをクリックすると新しいタブで開きます)

 

 

聖堂の後面と左側壁
聖堂の後面と左側壁

 

 左側壁は狭いマルゲリータ通り(Vicolo Santa Margherita)に沿っています。

 

 

 12世紀末に建設されていますが、ヴェネツィアにある特徴ある円柱形のサンタマリア・マッダレーナ聖堂 (Santa Maria Maddalena)を設計したテマンツァ(Tommaso Temanza)の設計で1748年に改築されています (リンクをクリックすると新しいタブで開きます)

 

 正面は南西向きで、幅5m弱、高さ7m弱の小さな聖堂ですが、ギリシャ神殿を彷彿とさせる威厳を持っています。

 

 扉口は一か所で、両脇にはイオニア式の柱頭飾りのある円柱が二本ずつ並んでいます。

 

 

 

 屋根の上には賢明、剛毅、節制、正義 (Prudentia, Fortitudia, Temperantia, Justitia)、の枢要徳を示す四体の寓意像が載っています。

 

 聖堂内は単廊式で、中央主祭壇には「サンタ・マルゲリータの栄光」の祭壇画が掲げられ、両脇に一か所の祭壇があります。

 

公式WebサイトOratorio di Santa Margherita di Antiochia a Padova

 こちらには、内部の祭壇画 (クリックで拡大表示)とその説明があります。

 聖堂内の作品レイアウト図(Disposizione delle opere all'interno dell'oratorio)もあり、マウスオーバーで作品がサムネイル表示されます。非常に良くできているので "必見"です。

17. Santa Maria dei Servi サンタマリア・デイ・セルヴィ聖堂

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 エルベ広場から東に向かい、通りの名前がサン・カンツィアノ通り(Via San Canziano)と変わり、サン・フランチェスコ通り(Via San Francesco)に変わる手前でローマ通り(Via Roma)に右折して南に向かい、200m程進むと右手にあります。通りは聖堂の長い左側面に沿っており、しかもその前にはポルティコが続いているので、聖堂の扉口が開いていないと見過ごしてしまいます。

 

 聖堂の正面は隣家に隠れていて見えません。また後陣右手の鐘楼もほとんど見えません。


 

 聖堂内は単廊式です。

 

 主祭壇には聖母と聖人の絵が掛けられ、奥にオルガンが見えています。

 

 

 主祭壇の左祭壇にはドナテッロ(Donatello) のキリストの磔刑像が置かれています。

 

 両側壁には祭壇が並び、右側面の18世紀作成の「悲しみの聖母の祭壇 (Altare dell'Addolorata)」はバロック様式で飾りたてられています。

18. Santa Maria del Calmine サンタマリア・デル・カルミネ聖堂

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 駅前からポポロ通り(Corso del Popolo)を街の中央に向かって南下し、運河を渡り、左手にローマの円形競技場の跡地の公園が見えてきたら、右折してジョット通り(Via Giotto)に入り、運河を越え、すぐにカルミネ通り(Via del Carmine)に左折して、再度運河を越えて進むと聖堂の右手から聖堂の正面前のペトラルカ広場(Piazza Francesco Petrarca)に出ます。

 

 

 広場にはペトラルカの像(Monumento a Petrarca)があります。

 

 

 

 

 パドヴァではカルメン会は13世紀初頭に確立し、その聖堂としてロマネスク様式で建設されています。その後修道院が併設されています。二度の地震と火災を罹災し、第二次大戦でも大破されて再建されてきています。

 

 聖堂の正面は煉瓦積みのままで、化粧板は扉口付近と一層部分のみです。扉口は三か所あり、中央扉口の上には聖母子像と両脇に天使の彫像が載っています。聖堂には脇の扉口から入ります。内陣の上にはドームが載り、右奥には鐘楼があります。

 

 聖堂内は単廊式ですが、両側には6か所の独立した礼拝堂が並び、その上にはフレスコ画で聖母伝や聖人が描かれています。

 

 正面にはコリント式の円柱が並ぶバロック様式の主祭壇があり、天使が聖母子像を捧げています。上部のドームに聖母子が描かれています。

 

 

 

 隣接する回廊はカルメン信徒会(Scuola del Carmine)に属し、カンパニョーラ(Giulio Campagnola)作の聖母伝などが描かれているようです。

19. Santa Sofia 聖ソフィア聖堂

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  アレーナ庭園 (Giardini dell'Arena)からエレミターニ通り(Via Eremitani)に入って、エレミターニ聖堂 (Chiesa degli Eremitani) 前を通過して南下し、アルティナーテ(Via Altinate)通りに左折して進むと左手に聖ガエターノ聖堂 (San Gaetano)があります (リンクをクリックすると新しいタブで開きます)。そのまま進み、サンタ・ソフィア通り (Via Santa Sofia)と交差する所にあります。

 

 

 

  伝承では、ローマのアポロ神殿の跡に、パドヴァの初代司教で、街の守護聖人の聖プロスドチモ(San Prosdocimo)が初めて聖堂を建設したとされています。

 

 ロンゴバルド王国を経て、フランスのカロリング王朝の時代、9世紀から10世紀に建設されたパドヴァで一番古い聖堂の一つです。聖堂の正面は12世紀初頭にロマネスク様式で改築された後1825年に改修されています。

 

 

 

 

 聖堂の後陣はロマネスクとビザンティン様式の三層のアーチ型で飾られており、当初の建築様式を伝えています。右側壁の奥に建つ鐘楼は14世紀の建造です。

 

聖堂内部 (Wikimedia Commonsより)
聖堂内部 (Wikimedia Commonsより)

 

 聖堂内は三廊式で、中央主祭壇には15世紀の十字架が天井から下がり、14世紀制作の聖母と聖人の絵が掲げられています。

 

 左側壁にはベアトリーチェ・デステ(Beatrice D'Este)の祭壇があり、スクロヴェーニ礼拝聖 (Cappella degli Scrovegni)でジョットの弟子として働いた画家の手による14世紀のフレスコ画が残っています (リンクをクリックすると新しいタブで開きます)

 

 14歳の時にマンテーニャが描いたと言われる作品は現在残っていません。

20. Sant'Andrea Apostolo 聖アンドレア聖堂

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 エルベ広場から東に向かい、パドヴァ大学(Università degli Studi di Padova)の手前を2月8日通り(Via Ⅷ Febbraio)に左折して北上し、カヴール広場(Piazza Cavour)を右側に見て、サンタンドレア通り(Via Sant'Andrea)に左折すると、通りの中央にライオンの載った円柱(Gatta di Sant'Andrea)が見えています。

 

 その柱の前が聖堂です。

 

 このライオン像は13世紀に造られたロマネスク様式のものですが、何回も壊れては修復されてきており、最近は2013年に車が衝突して落下し、破壊されましたが2015年に修復されています。

 

 パドヴァ市民には「猫」と呼ばれ親しまれています。

 

 

 聖堂は狭い通りに面しており、前に広場もないので、正面まで行かないと聖堂は見えません。

 

 

 12世紀末に建設された当時は単廊式の聖堂でした。15世紀には祭壇が追加されましたが、17世紀初めに西に向いていた聖堂の向きを90度変えて再建されています。

 

 従って、現在正面は南を向いています。

 

 鐘楼は左奥にあります。

 

 聖堂内は三廊式です。

 

 中央主祭壇には十字架と二体の天使像が置かれています。

 

 アプシスには聖アンドレアが描かれています。ほぼ正方形の聖堂です。

 

 

 扉口の内側にはオルガンがあります。

 

 2012年5月の地震により損害を受けましたが、2017年現在修復されています。

21. Sant'Antonio 聖アントニオ聖堂

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 エルベ広場 (Piazza delle Erbe)から東に向かい聖フランチェスコ通り (Via San Francesco)を進み、アンテノーレ広場(Piazza Antenore)を過ぎてサント通り(Via del Santo)に右折してそのまま500mほど進むと聖堂前の広場 (Piazza del Santo)に出ます。

  

 聖アントニオは、聖フランチェスコの高弟のポルトガル人で、1231年に逝去しましたが、早くも翌年にグレゴリウス9世教皇により列聖されたことから、聖アントニオの聖遺骨を祀って1232年に、建設が始まりました。

  

 聖堂は17世紀末まで450年に及び建設が続けられたので、色々な建築様式が混在しています。ロマネスク様式ゴティック様式、更にはビザンティン様式を折衷した非常に特異な外観をした聖堂です。

 

 

 

 特にヴェネツィアの聖マルコ大聖堂 (Basilica di San Marco) のドームより多い7個のビザンティン様式のドームとイスラム教のミナレットの様な鐘楼は眼を引きます (リンクをクリックすると新しいタブで開きます)

 

 

 聖堂正面は高さ37m、幅28mもあり、4つのアーチが並び、横一線に並ぶ柱廊が上部の大きな切り妻屋根を支え、中央に薔薇窓があります。

 

 

 中央の扉口の上には聖母子の絵の前に聖人像が立っています。

 

 聖堂内は三廊式で、中央主祭壇はドナテッロ(Donatello)1443-50年作、「聖アントニウスの奇跡」で、聖母子の絵があり、上にはキリストの磔刑像があります。燭台は15世紀製です。

 

 

 

 

 

主祭壇の写真は、公式WebサイトSant'Antonio di Padova」の「Presbiterio e altare maggiore」にあります。

遺物または宝物の礼拝堂 (Cappella delle reliquie o del tesoro) (Wikimedia Commonsより)
遺物または宝物の礼拝堂 (Cappella delle reliquie o del tesoro) (Wikimedia Commonsより)

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 内陣にもドナテッロ作「カインとアベル」、「金の牛」など旧約聖書を題材にした青銅像が見られます。

 

 内陣の裏手は周回廊になっており、放射状祭室が取り囲み、一番奥の「遺物または宝物の礼拝堂 (Cappella delle reliquie o del tesoro)」はバロック様式で建設されています。聖アントニウスの舌、顎の骨、髪、の他数多くの聖遺物が金細工で装飾された豪華な聖遺物容器に収納されています。

ルカ・ベルーディ礼拝堂 (Cappella del beato Luca Belludi)
ルカ・ベルーディ礼拝堂 (Cappella del beato Luca Belludi)

 

 左手のルカ・ベルーディ礼拝堂 (Cappella del beato Luca Belludi)には、メナブオイ(Giust de Menabuoi)作のフレスコ画があります。

 

 

 右手のフェリーチェ礼拝堂(Cappella di San Felice)は1372年以降にソラーニャ伯ルーピ(Bonifacio dei Lupi)の命で建設され、アルティキエロ(Altichiero)作「聖ヤコブの磔刑」や、ヤコポ(Jacopo Avanzi)作「跛者を癒す聖ヤコブと聖ヤコブの殉教」のフレスコ画があります。

 聖堂内はビザンティン、ロマネスク、ゴティック、ルネサンス、バロックと多くの芸術様式が混然とした煌びやかな装飾で飾られています。

 

 尖塔型アーチの並ぶ回廊には多くの墓が安置され、中には6世紀のビザンティン時代のものもあります。

 

 ガッタメラータ(Gattamelata)礼拝堂には傭兵隊長の墓があります。

 

 なお、聖堂前の広場にもドナテッロ1447-53年作、通称ガッタメラータと呼ばれた傭兵隊長の騎馬像が見られます。

22. Chiesa degli Eremitani エレミターニ聖堂

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 駅前からポポロ通り(Corso del Popolo)を街中に向かって進み、運河を渡り城門を通ると、左手にローマの競技場跡の公園が見えてきます。聖堂は公園の南端にあります。

 

 

 1273年にアウグスト派の修道院として建設されています。現在、修道院の回廊部分は市立博物館(Musei Civici di Padova)となっており、スクロヴェーニ礼拝堂 (Cappella degli Scrovegni)にはこの博物館から入場します (リンクをクリックすると新しいタブで開きます)

 

 

 聖堂の正面扉口には前廊があり、上部は片蓋柱で6分割され、中央には大きな薔薇窓が一つ、周囲の4か所に小さな丸い窓があります。

 

 大きな切り妻屋根に沿ってアーチ型飾りが並んでいます。

 

 

 聖堂内は単廊式で、奥に長い聖堂です。

 

 主祭壇にはキリストの磔刑の板絵が下げられています。

 

 

 祭壇の側壁にはキリストの公生涯のフレスコ画が見られます。

 

 両側には祭壇と墓碑が並んでいます。

 

 聖堂は近くに軍事基地が置かれていたため、第2次世界大戦で誤爆を受け、大破しています。

 

 聖堂がいかに甚大な被害を被ったのか、被災当時と、フレスコ画をはじめとする復興作業を示す写真が掲示されています。

マンテーニャ作 聖クリストファーの殉教と遺体の搬送 (Mantegna, Martirio e trasporto di san Cristoforo)
マンテーニャ作 聖クリストファーの殉教と遺体の搬送 (Mantegna, Martirio e trasporto di san Cristoforo)
修復後の「聖ジャコモの奇跡」(Miracolo di san Giacomo)
修復後の「聖ジャコモの奇跡」(Miracolo di san Giacomo)

 

 聖堂の右袖廊のオヴェタリ礼拝堂 (Cappella Ovetari)に描かれた、マンテーニャ(Andrea Mantegna)の初期の作品である、聖ヤコブ(San Giacomo)と聖クリストフォロ (San Cristoforo)を描いた2枚のフレスコ画も大きな被害を受けています。

 

 

 


Ubertino da Carraraの墓
Ubertino da Carraraの墓

 

 聖堂内には12世紀から15世紀にかけてパドヴァの領主として権勢を振るったカッラーラ (Da Carrara)家の墓所が見られます。

 

 これらは元々聖アゴスティノ聖堂(Sant'Agostino)にありましたが、廃院にされた後、この聖堂に移遷されました。

 

 

 ウベルティーノ・ダ・カッラーラ (1345年没:Ubertino da Carrara)の墓碑と、

Giacomo II da Carraraの墓
Giacomo II da Carraraの墓

 ジャコモ2世・ダ・カッラーラ (1351年没:Giacomo II da Carrara) の墓碑は両方ともに、サンティ(Andriolo de Santi)の作です。

 

 この他にも墓碑を見ることができます。